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PM2.5濃度上昇が心疾患や呼吸器疾患を原因とする心停止の発生に影響?

~日本全国規模の人を対象とした疫学研究の成果~

元川崎医科大学総合内科学主任教授(現職:桜十字八代リハビリテーション病院)である小島 淳(こじま すなお)医師らによる研究グループは、これまで総務省消防庁の救急蘇生統計に係るデータを利用して、PM2.5の日単位の濃度変動が病院外での心臓を原因とする心停止(院外心原性心停止)の発生に影響するすることを、2020年の医学分野の学術誌「JAMA Network Open 2020;3(4):e203043(doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.3043)」に発表しました。最近、肺気腫といった慢性閉塞性肺疾患などの呼吸器疾患を原因とする心停止(院外呼吸器原性心停止)もPM2.5の濃度が高くなると発生が増える可能性があることを明らかにし、本研究の成果は医学分野の学術誌「European Respiratory Journal(インパクトファクター:12.339)」に掲載されました。

1. 研究背景について

大気汚染物質の一つであるPM2.5は、大気中に浮遊している2.5μm(1μmは1mmの1,000分の1)以下の小さな粒子です。この大きさの粒子は肺の奥深くまで到達することから人への影響に懸念があり、米国を中心に人を対象にした疫学研究が進められてきました。その結果、人の健康に一定の影響を与えている、特に呼吸器系や循環器系の病気及びがんの原因になるのではないか、と考えられるようになってきました。国際的な動向を踏まえて、日本では2009年に環境基準(※1)が設定されてPM2.5の常時監視体制が全国で整備されてきたので、日本でも大規模な健康影響評価が出来る状況になってきました。そこで研究チームは、PM2.5の呼吸器疾患への影響にも着目し、PM2.5の日単位の濃度変動が病院外での呼吸器疾患を原因とする心停止(院外呼吸器原性心停止)の発生に影響するのかを検討しました。

2. 研究方法について

院外呼吸器原性心停止に関わる情報は、総務省消防庁が電子データとして収集している救急蘇生統計(ウツタイン様式データ(※2))を利用しました。これは日本が世界に先駆けて国単位で2005年から情報収集を開始したもので、心肺機能が停止した症例がすべて登録されています。このデータが総務省消防庁から日本循環器学会に提供され、同学会の蘇生科学検討会が管理したものをJapanese Circulation Society with Resuscitation Science Study (JCS-ReSS) groupが活用しています。この研究では、院外心停止の中でも呼吸器系疾患が原因となる呼吸器原性心停止を選び出し、かつ発生した時点が明確になる一般人の目撃下で起こった症例(市民目撃例)に限定して分析しました。

匿名化処置が施された院外呼吸器原性心停止データには、発生場所に関する情報が都道府県単位までしかありません。そこで我々は都道府県庁所在地にある一般環境大気測定局で測定されたPM2.5濃度データを、PM2.5濃度の代表値として各都道府県の症例に割り当てました。本研究ではPM2.5の標準測定法と等しい値が得られると認定された「自動測定機」による測定が行われるようになった2011年4月から、総務省消防庁が提供された2016年12月までのデータを用いました。

統計分析には、年齢や性別といった短期間で変わることがない個人の特性に関わる要因の影響を無視できる研究デザインを用いた上で、日によって条件が変わる気象要因(気温、湿度)などを統計モデルの中で調整しました。そして47都道府県単位でPM2.5と院外呼吸器原性心停止との関連性を検討した後、その結果をメタ解析という方法で統合し日本全国におけるPM2.5の院外呼吸器原性心停止への影響を見積もりました。我々はPM2.5による曝露が院外心原性心停止発生と関係することは2020年に発表いたしましたが、同時期のデータを用いてPM2.5の影響によって発生する院外心原性と呼吸器原性心停止に違いがあるのかもあわせて検討しました。

3. 主な研究結果について

本研究では研究期間中に市民目撃があった院外呼吸器原性心停止として登録された21,383例を分析しました。全症例の平均年齢は80.6歳で、75歳以上が77.6%、男性が51.0%、また救急隊到着時に電気ショックが有効ではない心臓リズム(心静止や無脈性電気活動(※3))を示していた症例が95.6%を占めていました。

今回利用した47都道府県内47測定局で測定されたPM2.5の1日平均濃度を平均すると13.9μg/m3でした。都道府県単位で濃度を確認していくと、これまでの報告通り東日本よりも西日本の方で濃度が高くなる傾向がありました。

院外呼吸器原性心停止発生の前日から当日にかけてのPM2.5について、その関連性を分析したところ、PM2.5濃度が10μg/m3上昇すると院外呼吸器原性心停止が2.5%(95%信頼区間0.0~5.1%)増えるという結果でした。特に75歳以上、男性、そして寒い時期(11月~4月)と統計学的有意に関連していました。

今回の結果について、2020年に我々の研究グループが検討し、医学分野の学術誌「JAMA Network Open 2020;3(4):e203043 (doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.3043)」で発表しましたPM2.5と院外心原性心停止のデータと比較してみました。2011年4月から2016年12月までの全く同時期のデータで、院外心原性心停止として登録された症例は103,189例でした(院外心停止は呼吸器原性よりも心原性が多いことがわかります)。院外心原性心停止症例の平均年齢は75歳、75歳以上が61.2%、男性が60.9%、また救急隊到着時に電気ショックが有効ではない心臓リズム(心静止や無脈性電気活動(※3))を示していた症例が77.6%を占めていました(下表)。

                     心原性(%)  呼吸器原性(%)

目撃あり院外心停止            103,189(100) 21,383(100)

年齢     <75歳           40,081(38.8) 4,785(22.4)

       ≧75歳           63,108(61.2) 16,598(77.6)

性別     男性            62,795(60.9) 10,905(51.0)

       女性            40,394(39.2) 10,478 (49.0)

季節     5月~10月          46,843(45.4) 9,241(43.2)

       11月~4月          56,346(54.6) 12,142(56.8)

地域     東日本           59,702(57.9) 10,877(50.9)

       中日本           28,646(27.8) 6,335(29.6)

       西日本           14,266(13.8) 4,031(18.9)

初回心電図  電気ショック有効リズム   20,848(20.2) 379(1.8)

       電気ショック無効リズム   80,110(77.6) 20,450(95.6)

バイスタンダーによる心肺蘇生  あり   54,050(52.4) 13,271(62.1)

                なし   49,045(47.5) 8,108(37.9)

心停止から初回心電図までの時間 10分未満 65,770(63.7) 14,125(66.1)

                10分以上 37,271(36.1) 7,237(33.8)

院外心原性心停止の場合、PM2.5濃度が10μg/m3上昇すると院外心原性心停止が1.6%(95%信頼区間0.1~3.1%)増えるという結果でした。PM2.5曝露による院外心停止の発現は心原性よりも呼吸器原性のほうが一見多いように思えます。しかし上表からもわかるように、症例の背景が大きく異なっており(呼吸器原性のほうが年齢は高く、女性が多いなど)、発生率に大きく影響した可能性があります。そのため統計学的手法を用いて、院外心原性心停止症例の背景を呼吸器原性心停止症例の背景(年齢、性別、発症した年月や地域)に1:1でマッチさせて再度解析を行ったところ、院外心原性心停止の増加は2.6%(95%信頼区間0.1~5.1%)で呼吸器原性心停止の増加とほとんど変わらないことがわかりました(下図)。

4. 考察と今後の展望

本研究では日本全国データを使い、院外呼吸器原性心停止発生の前日から当日にかけてのPM2.5濃度が上昇すると院外呼吸器原性心停止が増えるという関連性を観察しました。PM2.5の生活環境中における濃度は広範囲で一定になっているという報告があり、都道府県庁所在地と都道府県内他の都市におけるPM2.5濃度の相関は非常に高かったことを踏まえて、PM2.5濃度は都道府県内生活環境中では概ね一定であると仮定して分析しました。しかし都道府県庁所在地外での院外呼吸器原性心停止症例については、我々が仮定してあてはめたPM2.5濃度と人体に吸い込んでいた濃度とは異なっていた可能性があることに注意しなければいけません。

これまでもPM2.5と院外呼吸器原性心停止との関連性を検討した研究はありましたが、本研究では全国規模で標準化された生活環境中のPM2.5測定データを使用していること、総務省消防庁や日本循環器学会がマネージメントしたデータで発生日時が特定されている呼吸器原性心停止症例のみを抽出していること、2万例をこえる世界的に見ても大きなデータベースを用いたこと、院外呼吸器原性と心原性心停止症例の背景をマッチさせて発生率を検討したという強みがあります。国際的には合意が得られてきているPM2.5の呼吸器への影響が、日本でも確認されることを示した初めての報告であると考えています。しかもPM2.5の影響による院外心停止の発生は心原性も呼吸器原性もほぼ変わらないことがわかりました。これはもともと併存している心疾患や呼吸器疾患にPM2.5が関与しても、心停止に至るまでのメカニズムの一部(酸化ストレスや炎症の関与など)は同一であることを示唆しているのかもしれません。日本におけるPM2.5の健康影響に関わる知見は欧米諸国と比較してまだまだ少ない状況にありますので、今後も知見を集積していく必要があると考えています。

5. 注釈

※1:環境基準

(環境省: https://www.env.go.jp/kijun/ )

環境基本法第16条第1項に基づく人の健康の適切な保護を図るために維持されることが望ましい水準のことです。

※2:ウツタイン様式

(日本救急医学会・医学用語解説集: https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0919.html )

国際的なガイドラインで推奨された院外心停止症例を対象とした統一的な記録法の名称です。ウツタインとは、ガイドライン策定のため最初の国際会議が開催されたノルウェーの修道院の名にちなんでいます。

※3:心静止や無脈性電気活動

(日本救急医学会・医学用語解説集: https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/1017.html )

心静止は心臓が動きを止めて心電図に波形が出ていない状態を指します。また無脈性電気活動とは、心電図に波形は出ていますが心臓が血液を送り出せていない状態(脈拍を触知できない状態)を指します。

6. 研究助成

本研究は、川崎医科大学プロジェクト研究(基盤研究)R02基-100(代表:小島淳、川崎医科大学(現職:桜十字八代リハビリテーション病院))、環境再生保全機構環境研究総合推進費5-1751(代表:高見昭憲、国立環境研究所)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】

Fine particulate matter and out-of-hospital cardiac arrest of respiratory origin

【著者】

Sunao Kojima, Takehiro Michikawa, Kunihiko Matsui, Hisao Ogawa, Shin Yamazaki, Hiroshi Nitta, Akinori Takami, Kayo Ueda, Yoshio Tahara, Naohiro Yonemoto, Hiroshi Nonogi, Ken Nagao, Takanori Ikeda, Yoshio Kobayashi for the Japanese Circulation Society with Resuscitation Science Study (JCS-ReSS) Group

【雑誌】

European Respiratory Journal

【DOI】

10.1183/13993003.04299-2020

【URL】

https://doi.org/10.1183/13993003.04299-2020